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信州・読みたい:本「甲子園からの手紙〜松商野球の源流」

あの場面をテレビで見ていたのを何となく覚えている。

 91年4月5日の第63回選抜高校野球大会決勝、松商学園(松本市)−広陵(広島)戦。高く上がった飛球が七回から右翼の守備に回ったエース・上田佳範選手(現中日)を襲った。5−5の同点で迎えた九回裏2死一、二塁、背走する上田選手の頭の上をグラブの先を越えて白球が落ちた瞬間、熱闘は終わった。記者に残る松商学園の記憶である。

 くしくも65年前、第3回大会(1926年)の優勝戦は、同じ日に行われ同じ組み合わせだった。スコアは0−7。その試合の様子などを含めた松商野球の歴史を著した本を、同校の窪田文明教頭が出版した。

 14章の構成で13年の創部から甲子園で初優勝した28年までの15年間をたどり、松商野球の原点と草創期を描いた。学校に残る記念誌や交友会誌、当時の新聞記事などの資料をまとめたもので、当時の貴重な写真などが収められ、編集の苦労が伝わってくる。

 今年は夏の甲子園に全国最多35回目の出場を果たした。うち優勝1回、準優勝1回、ベスト4が3回。春は15回出場のうち準優勝2回、ベスト4が2回の輝かしい記録が残る。

 本は「負けてたまるかという生徒たちのささやかな気持ちと不屈の精神、その気持ちに応えようとする教師の熱い思いから始まった。その精神が引き継がれていく限り、さらに未来に向かって、新しい歴史が積み重ねられていくことであろう」と結ぶ。

 培われた伝統と歴史をよそに、最近は甲子園に出場しても早々に敗退することが多い。全国最多の出場回数だけを誇りにしてほしくない。「91年の時のような活躍を」。当時の松商を知る多くの人は願っているはずだ。

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